Monday, August 8, 2011

人から借りた本感想文:『赤い蛇』 日野日出志




旧家に産まれた主人公。頭のおかしい家族に囲まれ、逃げ出したいと思いながらも、叶わずにいる。

息子である主人公の父が届けてくれる卵を日本間に作った巣で温める祖母、その夫であるサンショウウオのような風貌の祖父は顔にできた瘤を嫁に踏ませて膿を出させるのが日課。姉は姉で虫を使った自慰行為に耽っている。母と祖父、父と祖母という捩じれてしまったセクシャル・テンション。居場所のない主人公。まあそんなこんなで色々あって、卵になった祖母が孵化し、母親も祖父の膿で孕んだ奇形の子を産み、そのニュージェネレーションの二人が殺し合いをするうちに、他の家族も巻き込まれみんな血みどろというもうどうにでもなれ的な展開はグロテスクで思わず圧倒されてしまう。

鏡だとか蛇だとか卵だとか、神話的なシンボルを多用している割には、なんというかそのまますぎて深みがない。Savior としての赤い蛇も、プロット的な流れとバッティングするため単なるセクシャルな存在に留まってしまっていて消化不良の感がある。同情的に描かれている主人公も一見プロタゴニストの役を負っているように見えるが、よくよく読んでみると全く自主的なアクションを取っていない。もちろん、恐ろしい蛇に追いかけられれば逃げようとする。しかしそこには何の判断もない。そんな indecision に対する罰として、エンディングで最初のシーンに戻ってしまうという永久ループ的なオチは納得できないこともないけれど、やっぱり葛藤というものがない分、フーン、で終わってしまう。恐らくものすごく影響を受けているであろう、メメクラゲに刺されても生きようとする『ネジ式』の主人公との温度差は歴然だ。

日野日出志さんによると、これは結局『自分の血筋(家)というものからは逃れられない』、ということを表しているらしいのだけれど、そういうのといかに折り合いをつけて生きていくかを模索するのが文学なり漫画の役目なんじゃないかと思う。

普通。

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